ほーちゃんの趣味手帖

主にゲームについて語ります。二次創作あり。苦手な方はご注意ください

【遙か2】十年後SS(玄武ver.)

※こちらは、遙か2ED後の八葉たちの様子を、想像・捏造した二次創作となります

 

 

菊と石蕗 ~泉水と泰継 十年後~

 

 しんしんと雪の降り積もる音と、さやさやと人ならぬ者たちが囁く声だけが聞こえる地。雪深い北山の更に奥深く、日常から切り離された静寂の支配する小さな庵に、その日の夕刻、一人の来客があった。
 庵の主、安倍家の人型である安倍泰継は、白い素足で雪を踏みしめて、客の訪れを待っていた。凍えるような風の中、僅かばかり頬を赤くして、険しい山道をさして苦にする様子もなく登ってきたのは、泰継の旧知の公家、源泉水である。二人は、かつて尋常ならざる体験を通して知り合い、以来、十年に渡る付き合いを続ける仲であった。
「よく来たな」
 あっさりと述べて、庵に入っていく泰継の後に続きながら、泉水が尋ねる。
「ここへ参るとき、見かけた小鳥は、泰継殿の式神ですか」
「そうだ」
「それでは、私の来訪をご存知だったのですね」
「そうだ」
「大晦日はこちらに参れませんので、年越しのご挨拶に上がったのです」
「そうか」
 質素な室内に、火鉢が一つ。寒さの堪えない泰継自身は、少し離れた位置に腰を落ち着け、勧められるまでもなく、泉水が火鉢にほっそりとした指をかざす。
 しばらく、会話のない静かな時が流れた。
 ややあって、泰継が尋ねた。
「宮中の様子はどうだ。彰紋は息災か」
 泉水は、おっとりと優しい笑みを浮かべた。
「甥君にすべてを譲られ、今は羽を伸ばしておられます」
「そうか」
「そう言えば、先日、勝真殿が帰っていらしたのですよ。その内、こちらにもご挨拶にいらっしゃるのではないでしょうか」
「勝真か」
「以前、お会いしたときより、より一層若々しくお元気なご様子でした」
「そうか」
 泰継は、ほんの一時目を瞑り、それから「いくつになる」と聞いた。
「はい?」
「勝真だ。三十を越したか」
「そうですね、そのくらいだと思います。時が過ぎるのは早いものです」
「私は――」
 少し言い淀み、視線を下に添えて呟く。
「私は、いくつに見える」
 泉水は、労わるような眼差しを泰継に注ぎ、そっと言った。
「大丈夫、ちゃんと人並みに年を重ねておられますよ」
 柔らかい嘘だった。
 初めて会ったとき、二十を少し過ぎて見えた泰継は、十年経った今も、白く皺一つない肌、若木のように涼やかな面立ちを保ったままである。このまま、少しずつ年の差が開いていくのを、ただ黙して受け入れるしかないのだろうかと、泉水は理不尽な思いを覚える。
「一瞬で、人に為るわけではないのかもしれません。希望を捨ててはいけません」
 穏やかに言葉を重ねる泉水に、泰継は、拗ねたような眼差しをした。
「お前は、神子のようなことを言う」
 泉水は、思わず目を瞑った。
「神子なら、きっとそう言う」
「泰継殿は」
 言いさして、続きの言葉が浮かばない。少し口をつぐんでから、ようよう何かを言おうとすると、自分でも痛ましいような声が出た。
「まだ、彼女を神子と呼ばれるのですね」
 もう、彼女は神子ではないのに。
 天上の世界で、ジョシコウセイという名の生を――いや、十年経った今では、誰ぞに嫁ぎ、子を為して、人並みの幸せを手に入れているかもしれない。
 高倉花梨と言う名の、一人の平凡な女性として。
 いや、彼女は平凡ではない。その非凡な心の美しさ、稀有な霊気を知り、泉水は新しい生を手に入れた。そして、ここにいる泰継も、同じ経験をしたはずだった。
「神子は、神子だ」
 泰継は、頑なな口調で言い張った。
「私にとって、あの者以外の神子はおらぬ」
「そうですね」
 湧き上がる想い、その郷愁を押し殺し、低い声で泉水は答えた。それが精一杯だった。
 ついと泰継は立ち上がり、凍りつく泉水の脇を横切って、薬棚の前で何かを探しはじめた。泉水は、振り返ることができないまま、目の前の火鉢と睨めっこを続けていた。
 やがて、泰継は、小さな木箱を手にして戻ってきた。無言のまま、泉水の前にすっと差し出し、蓋を開ける。古びた土の香りに、泉水は怪訝な顔をした。
「石蕗だ」
 泰継は言った。
「神子が、私にくれたものだ」
 濁った黄色の、無数の細い花びらのようなものが、箱の中で死んでいた。
「葉は、薬に使った。根と茎と花は、こうして取ってある。『たからもの』と呼ぶのだと、神子に教わった」
 泰継は、尚も言い募る。
「どんどん、形を変えて行く。この者たちは、土へ還ろうとしている。すべてが、私を置いて行く」
 泉水は、何も言えずに、十年の時を重ねた箱の中を見つめた。箱の縁にぽたりと雫が落ち、はっとして泰継の顔を見ると、舶来の硝子玉のような瞳から、ほろほろと涙が落ちている。それを泉水に見られても意に介すことなく、手放しで泣きつづける。
 泰継は、蓋を閉じた。その箱は石蕗の墓なのだと、泉水は悟った。高倉花梨と言う、一人の少女との想い出が眠る墓なのだと。
 ふいに、泉水の脳裏に、すんなりと可憐な白菊の花が浮かんだ。あれは――そう、花梨がまだこの京に来たばかりの頃、泰継とまともに会話が成り立たなかった頃、泉水がもらった『たからもの』であった。菊が好きだと言ったことを、彼女はちゃんと覚えていたのだ。そういう優しい心配りのできる人だった。
 あの菊は、どうしただろう。しばらくの間は、屋敷の自分の部屋に活け、目と心を和ませて楽しんでいた。そして、その後は。
 箱を置いて、泰継は言った。
「お前は、変わったな」
 泉水は、勇気を振り絞り、涙を流しつづける泰継の瞳を見た。己の心の痛ましさを抑え、苦痛に溢れる友の顔を見た。
「年を取った。私に遠慮をしなくなった。物をはっきりと言うようになった」
「昔は、あなたのことがこわかったのです」
「知っている。だが、それだけではない」
 わかっているはずだと、語気を強めて泰継は言った。わかっておりますと、心の中で泉水は答えた。己は、年を取った。小さく縮こまって、周囲にひたすら詫びながら生きるのを止めた。それは花梨のお陰であり、十年という歳月のお陰でもある。
「お前は、神子のことを忘れていく」
 泰継の声に、少し詰るような響きが混じった。
「会うたびに、少しずつ忘れていく」
 泉水は、驚いて声を上げた。
「忘れてなどおりません。どうして忘れられましょう」
「いや、忘れていく。お前の記憶の中で、神子の姿はだんだんに薄れていく。目鼻立ちも、声の響きも」
 人とはそういうものだ、と泰継は言った。
 泉水は、二の句が継げなかった。
 思い出せない菊の行方が、脳裏に蘇る。決して、大切に想っていないわけではない。忘れたいと思っているわけでもない。けれど、花梨の顔をはっきり思い浮かべようとすればするほどに、だんだんとその姿が掴めなくなって行く。遠のいて行く。
 十年は、長い。
 短いと自分が感じる以上に、ずっと、長い――
 泰継は、立ち上がった。石蕗の箱を、想い出をしまいにいったのだと、泉水にはわかった。泰継の顔を凝視していた瞳は、行き場を失い、がらんとした庵の中を彷徨った。
 戻ってきた泰継は、もう泣いていなかった。
「まだ、出家はせぬのか」
 泉水は、虚ろになった瞳を泰継に向けた。
「考えておりません」
「三十になったら出家すると言っていたのではなかったか」
 泉水は思い出した。確かに数年前、そのようなことを言った気がする。
「いざ、三十の境を迎えてみると、そのような気が起こらないのです」
「そうか」
「いずれは御仏にお仕えしたいという思いはありますが、もう少し浮世を眺めていたいように思います。それに」
 率直な気持ちで、泉水は言った。
「御仏の道に入れば、こうして、ここに頻繁に参ることもできなくなりましょう」
 泰継の目元が、僅かに和んだ。
「そうか」
 ぱちぱちと、火鉢の中で火花が爆ぜる。気がつけば、外は冷え冷えとした夜の帳が下りている。泉水は、すっと居住まいを正した。
「泰継殿、今年もお世話になりました」
「帰るのか」
「ええ。来年もよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしく頼む」
 わずかな灯りを頼りに、外へ出た。白い小鳥が、ひらひらと泉水の前を舞う。来客が無事に北山を下りるまで、万事を見守る式神である。帰りが遅くなった日は、泰継は必ず、この式神を泉水につける。十年来の友の心遣いは、冷たい夜風に吹かれる身に沁みる。
 明日は大晦日。十年前、この京に龍神が降り立った日。
 泉水は、星々の煌めく夜空を見上げ、その向こうへと帰って行った、かつての龍神の神子に思いを馳せようとした。
 泉水の中で、常に微笑む彼女の顔は、寒空の下、不自然にぼやけて滲んで消えた。

 

 

人である泉水と、人になった人形である泰継の感じる、十年間という歳月の違いを想像しながら書きました。なので、こんな物悲しいお話に……

他の四神と比べて、元々派手な衝突をしないこの二人ですが、徐々に通い合うものが流れて、穏やかに友情を育んでいくところがとても好きです。