ほーちゃんの趣味手帖

主にゲームについて語ります。ジャンルは雑多。プレイ速度は亀

【遙か2】バレンタインSS~イサト編~

プロローグをお読みでない方は、先にこちら(【遙か2】バレンタインSS~花梨編~ - ほーちゃんの趣味手帖)をご覧ください。

 

 

「こっちの世界の人間って、やっぱり裕福なんだな」
 チョコレートを咀嚼しながら、イサトが言った。
「こんな高そうなモン贈り合うんだろ? それが普通なんて、わかんねぇよな」
 花梨の中で、色とりどりに膨らんでいた想像がぱちんと弾けて消えた。しょんぼりと肩を落とし、期待を込めてイサトの顔を見つめていた視線も一緒に落ちる。イサトくんが特別な人だから、好きな人だから贈ったんだよ。事前に用意してあった言葉が、喉につっかえて出てこない。
 涙ぐみかけた花梨を見て、イサトは慌てて言い募った。
「何だよ、何で泣くんだよ。事実だろ、こっちじゃ食いもんに困ることなんてないんだから」
 その一言で、本当に花梨は泣いてしまった。うきうきと準備して、相手の気持ちに思い至らなかった自分が情けない。
 通りすがりの小学生が、イサトに向かって、「兄ちゃん女泣かせてるーっ」と野次を飛ばす。うるせぇと怒鳴りつけておいて、イサトは花梨の隣に腰かけた。
「泣くなよ、頼むから。オレ、また何か言っちまったんだろ」
「ううん」
「じゃ、何で泣くんだよ。教えてくんねぇとわかんねぇよ」
「ごめんね、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃねぇじゃん!」
 イサトが怒鳴って立ち上がった拍子に、膝に載っていたチョコレートの包装紙がひらひらと風に舞った。イサトの好きな薄紅色の、ほんのり春めいたリボンと共に。
 しんと、その場が静まり返った。畜生とイサトが叫び、北風を追って駆け出した。
 花梨は、後に取り残された。
 追いかけようかと考えたけれど、どこへ行ってしまったかわからない。イサトの足の速さは韋駄天並みだ。手を引いてもらわなければ、一緒になんて走れない。
 待っていよう、と花梨は思った。イサトくんは絶対、ここへ戻ってくる。息を切らして走ってくる。花梨を泣かせてしまったことを、その場を去ってしまったことを心底後悔して、自己嫌悪に苛まれながら。それまで無事で、ここにいなくちゃ。
 ちゃんと迎えることができたら、そのときは言おう。チョコレートの意味と、ごめんなさいを。それから、イサトくんが大好きだってことを――
 あたりがすっかり薄暗くなって、空気が底冷えしてきた頃、道の向こうから、荒い息遣いが聞こえてきた。街灯に照らされて、ひょろっとした少年の影がこちらに向かって駆けてくる。ぶんぶんと勢いよく振り回している手に、今までは持っていなかった、小さな包みが握られている。
 花梨は立ち上がって、手を振り返した。固まっていた顔から、笑みがこぼれる。ついでに、忘れ物のように、安堵の涙が一粒、ぽろりと転がり落ちた。

 

 

ちょっとシリアス寄りになってしまった;

花梨を泣かせてしまうイサトと言うのは、密かに好きなシチュエーションだったりします。気持ちに行動が追いつけなくて空回りする、一生懸命なイサトが好きです。

 

 

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