【遙か2】花梨SS(イサトver.)
※こちらは、遙か2本編で語られていない花梨の心情を、想像・捏造した二次創作となります※
願掛け ~イサト 大切な恋~
その日、一条戻り橋に寄ったのには、ひそやかで切実な理由があった。
「も、ど、れ、ま、す、よ、う、に」
靴音を鳴らして橋を渡りながら、一緒にいる二人に気づかれないように、小声でそっと言ってみる。一度では不安なので、もう一度。また、もう一度。
うろうろと橋を往復する花梨に、怪訝そうな声がかかる。神子殿、どうかされたのですか。なんでもありませんと明るく答えて、だめ押しにともう一回渡る。もう大丈夫かな。きっと大丈夫かな。
京の一条大路、堀川に架けられた木造の橋。奇妙に鄙びたこの橋を渡る意味を、花梨に遠回しに教えてくれた人はここにはいない。今日は、一緒に来ていない。
元の世界に帰りたい自分の分と、それから、滅びに向かっていく京の分。花梨がまだ見たことのない、美しく栄えていた頃の京を取り戻せるように。戻れますように。帰れますように。ほんの数時の願掛けに、ありったけの思いを込めた。
誰にも言わなかったのは、自分の分の願いが入っていることが、ちょっぴり後ろめたかったからだ。帰りたいと思っていることが、後ろめたい。なんでかな。どうしてだろう。
だって、みんな一生懸命だから。必死で、この世界の危機に立ち向かおうとしているから。やっぱり家が恋しいなんて、なんだかちょっと言いにくいよ。
初めてこの京に降り立って、見知らぬ男の子に手を引かれてこの橋を渡った。ぐいぐい引っ張る、強引で力強い手。他の何よりも、この世界が現実であることを教えてくれた、ごつごつと節くれだった手。マメだらけの手。
生きている人の手だ、と思った。汗水垂らして生きて、苦労を重ねてきた人の手。働き者の手。そんな手を、目の前の、自分とあまり年の変わらない男の子が持っている。
履き古した下駄に乗って、風のように走る足に、どうしても追いつけなくて、必死の思いで橋を渡った。あの世に繋がる橋。あちらとこちらを繋ぐ橋。こうして花梨は、京へ来た。現実と幻想が逆転し、働き者の手を持った男の子が花梨に名乗った。
オレはイサトだ、と。
まだ、お互いを待ち受ける運命を知らなかったときのこと。決して忘れられない、始まりの日。
あれからもう一度だけ、イサトとはここへ来た。
そのときは知る由もなかったが、イサトは花梨のために、花梨を元の世界へ帰すために、願掛けをしに来たのだった。戻れますように。帰れますように。ちょっとした強がりで親切をくるんで、決して本音は言わなかったけれど。
お前には、どうしてもあの橋を渡ってもらいたかったんだ。
オレがいないときは、あまり無茶しないでくれよ。
言葉の端々に覗いた心が、未だに花梨には読み解けない。イサトくんは難しい。カッと火のように怒ったかと思えば、水をかけられたウサギのように、ぐったり、自信をなくしてしまう。いつもは元気に満ち満ちているのに、たまに覗かせる顔は苦しげで、見ているこちらが切なくなる。
だけど、と花梨は胸に手を当てて考える。
イサトくんの笑顔はあったかい。一緒にいたいと思える人だ。
あれ? 胸が、一瞬ちかっと痛む。
戻れますように。帰れますように。私は、元の世界へ帰りたい。私の家に帰りたい。だから、そのために頑張っている。そのはず――だよね?
小指の先ほどの違和感。ちかりと瞬いて消えた。花梨は首を横に振り、また、小さな声で繰り返す。流行りの歌を口ずさむような、悩みのない、軽やかな調子で。
戻れますように。帰れますように。
ネタを思いつくまでは相当悩んだんですが、恋愛に入る兆しが少し見えたくらいの花梨を書こうと決めてからは、不安になるくらいすらすらと書けました。
……なので、まだ不安です笑
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