ほーちゃんの趣味手帖

主にゲームについて語ります。ジャンルは雑多。プレイ速度は亀

【遙か2】バレンタインSS~泉水編~

プロローグをお読みでない方は、先にこちら(【遙か2】バレンタインSS~花梨編~ - ほーちゃんの趣味手帖)をご覧ください。

 

 

「ありがとうございます。一生の宝物にいたします」
 薄墨色の包みに頬を寄せ、一言一言噛みしめるようにして、泉水は言った。
 花梨は慌てた。
「あのですね、食べ物なので、なるべく早く食べちゃってくださいね」
 そういたしますと神妙に頷き、再び、桜色に染まった頬を包みに寄せる。とりあえず、喜んでもらえたみたいかな。ざわざわしていた花梨の心は、安堵と同時に落ち着いて、いつもの和やかな時間が戻ってきた。
「今日は、これからどうしましょう」
「花梨さんのお好きな場所にお供いたします」
 間髪を入れない泉水の答えに、花梨は照れ笑いした。
「いつもそれなんだもの。そろそろ、好きな場所が尽きてきちゃいました」
 たまには、泉水さんの好きな場所に行きたいな。上目遣いに花梨が言うと、泉水はまた頬を染め、それからおずおずと切り出した。
「その、できることなら――こちらの世界の管楽を、一度、きちんと聴いてみとうございます」
 途端に、花梨の心は、ぱあっと興奮で高揚した。
 真夜中の電話。毎週のデート。こちらの世界に来てからの二人の関係は、花梨が望み、泉水がそれに従うという形で成り立ってきた。慣れない働き口でコツコツと貯めた金を、すべて花梨との時間に散らし、そのために自分の生活が立ち行かなくなったとしても、常に幸福そうな顔をしている恋人。
 その彼が、私に、わがままを言っている!
 大急ぎで、花梨は今月のお小遣いの残りを計算した。ちゃんとしたコンサートなんて、今まで一度も行ったことはないけれど、きっとお金がかかるに違いない。今から地道に節約したとして、泉水さんを連れて行けるのはいつになるだろう?
 いや、それよりも早いのはCDだ。レンタルという手もあるけど、ここはやっぱりプレゼントがいいな。あ、でも泉水さんの家にはオーディオがない――
 私の部屋にはある!
 花梨は、手を打ち鳴らしたい気持ちになった。
「あの、花梨さん、そんなに難しくお考えにならないでください。単なる私のわがままですから、どうか」
「泉水さん、今からCDショップに行きましょう! バレンタインデートです」
「は、はい!」
 勢いに押されて答えた泉水の手を、花梨が掴んで歩き出す。あっと小さく泉水が声を上げても、気づかない。
 大事な人の手をしっかりと握りしめて、恋人たちで華やぐ商店街をずんずん進んで行く花梨は、このとき、自分のために尽くす泉水の幸福を、初めて理解したのだった。

 

 

バレンタインネタが、約五行で終わった衝撃。

ちょっと独りよがり花梨ちゃんにしすぎたかな……と反省しつつ、どうしてもお部屋デートしたい花梨とか可愛すぎると思います(自分で言う)

 

 

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 校門を出て、花梨は大きく息を吸い込んだ。
(今日は、翡翠さんに会えますように)
 念を入れて願掛けし、「よしっ」と気合を入れて歩き出す。花梨の経験則では、翡翠に会うには、とにかく町をぶらりと歩くのに限る。そうすれば、翡翠はぶらりと現れる。
 たっぷりとハートをあしらった、真紅と焦げ茶のフラッグがはためく商店街は、バレンタイン当日である今日も、浮き足立つ女の子たちで華やいでいた。
翡翠さん、どこにいるのかなぁ)
 そもそも、彼が今どこに住んでいるのか、花梨は知らない。複数の住処を転々としているらしく、どちらにせよ、花梨を招くつもりはないと言う。一度だけ、行ってみたいとねだったことがあったのだが、
「まだ早いよ、花梨」
 余裕の笑みで、あっさりとはぐらかされてしまった。悔しいような気もするけれど、こういうときの翡翠は何が何でも口を割らないと、これも経験則で知っている。
(私、ちゃんと翡翠さんの特別になれているんだろうか)
 一瞬、頭を不安が過ぎる。だからこそ、チョコレートくらいはちゃんと渡したい。
 気持ちを改め、商店街をもう一往復しようとしたとき、ひゅっと突然腕を掴まれた。声を上げようとした瞬間、今度は、冷たい大きな手ががばりと口に覆いかぶさる。その匂いをかいで、花梨は体の力を抜いた。よかった、ちゃんと見つけてくれた。
「不用心だね、花梨。こんなにあっさり、男に攫われるようではいけないよ」
「私、翡翠さん以外には攫われません」
 そう言い返すと、はははは、さすがは私の姫君だと豪快に笑う。解放されて、緊張した面持ちで向き直った花梨を見て、おや、と翡翠は眉を上げた。
「同じ場所をうろうろしているから、私に用事があるのかと思ったが、当たりかな」
 歩きながら話そうか、と促され、大人しく翡翠の隣に並ぶ。本当は、もっと落ち着ける場所で会いたかったけれど、翡翠は何故か、人気のない場所を避けている節がある。花梨と二人きりになるのを避けている――ようにも見えるが、そうは思いたくないというのが花梨の本音だ。
「あのですね、今日はこっちの世界では特別な日なんです」
「ふうん」
「バレンタインって言って、えっと、恋人同士のお祭りって言うか」
「恋人同士、ね」
「女の子が、好きな男の人にチョコレートをあげるんです。あの、チョコって言うのは」
「花梨」
 名前を呼ばれて、口をつぐんだ。ちらりと隣を見上げると、いつもうっすらと笑みを含んでいる翡翠の瞳が、このときだけは表情を消して、真っ直ぐ前を見据えている。思わず見惚れた花梨の手に、ひんやりとした固い手が重なったかと思うと、小さな紙片を握らせて離れていった。
 花梨は、慌てて手の中に目を落とした。見事な手筋で書かれた、漢字と数字の羅列。
「私の住所だ。何かあったら、訪ねてきなさい」
 どさっと無様な音を立てて、通学鞄が転がった。素早くそれを拾い上げた翡翠は、硬直したままの花梨に、いつもの皮肉めいた、悪戯っぽい声で言った。
「さぁ、私に渡したいものがあったんだろう、可愛い人?」
 君の気持ちを、私に見せてくれまいか。
 花梨は、さっと通学鞄を奪い取り、ガサゴソと中をまさぐって、入念にラッピングしたチョコレートの包みを取り出した。
 心臓がばくばくと、うるさいくらいに鳴っていた。

 

 

翡翠さんの危ない魅力を、花梨ちゃんの健全な魅力と、どう折り合いをつけて書くか……

難しかったです。ちゃんと恋愛ED後になってますかね??

 

 

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【遙か2】バレンタインSS~幸鷹編~

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 どうしてもこの日に会いたいという花梨のわがままを、幸鷹は快く受け入れてくれた。
「構いませんよ。こちらでは、特別な日でしたね」
 花梨は、ほっと安堵のため息を吐いた。
 もう随分と長い間、電話越しにしか声を聞いていない。ずっと一緒にいられると思っていた彼は、帰ってきた途端、歓喜に湧く家族たちと、恰好のネタに奮い立つマスコミに囲まれて、あっという間に遠くへ行ってしまった。
「いろいろと問題を片付けたら、二人で今後のことをゆっくりご相談しましょう」
 守れない約束をする人ではないから、信じて待っていればいいとは思う。でも、会えないのは辛くて、寂しくて、やっぱり不安だ。毎日のように、そわそわと着信履歴を確認しては、肩を落とすのにも疲れてしまう。
 今日は、今までの分を取り戻そう。できることなら、幸鷹さんにいっぱい甘えたい。
 頭の中が、楽しい想像でぱんぱんに膨らむ。授業中についついにやけて、先生にぴしりと注意されても、花梨の幸せは曇ることがなかった。
 約束の時間は、午後の五時(電車を逃した場合、到着するのは三分を過ぎてしまいますと、幸鷹は丁寧に断った)。待ち合わせ場所は、駅前の時計塔(北口を出てすぐ目に入る位置に立っていましょうと、幸鷹は丁寧に指定した)。街灯の点る広場にダッシュで駆け込むと、ぱりっとしたスーツの上からダークグレーのコートを羽織り、腕時計を気にしている懐かしい人影が見えた。
「幸鷹さん!」
 顔を上げた幸鷹は、花梨の姿を認め、眩しそうに目を細めた。が、すぐに真顔に戻る。
「花梨さん、ちゃんと遅れるときは連絡してください。心配しましたよ」
 花梨も真顔でごめんなさいと謝ってから、えへへと頬を緩めた。
 幸鷹さんは、やっぱりかっこいい。
 こんな素敵な人の彼女になって、チョコレートを贈れるなんて幸せだ。
「なかなか、時間が取れなくてすみません。八年間も失踪していたのですから、雑事が降りかかることは覚悟していたつもりでしたが、まさかこれほどとは」
「やっぱり、忙しいままですか」
「今年度いっぱいは、恐らく状況は変わらないでしょうね。これからの私の身の振り方も決めなければいけませんし」
 すみません、寂しい思いをさせていますねと謝られ、花梨は慌てて首を横に振った。
「疲れてるんですもの、無理しないでください。そうだ、私、肩揉みましょうか」
 えっ、と幸鷹が固まった。そうしましょうそうしましょう、と花梨は上機嫌で、駅周辺の地図を広げる。そうと決まったら、しっかりと腰を落ち着けられる場所で、幸鷹さんに心ゆくまで疲れを癒してもらいたい。
「レストラン『ラビリンス』、喫茶『姫胡桃』――わ、ここ美味しそう。どこに行きましょう。何が食べたいですか?」
 幸鷹は答えない。朱を刷いたような顔色になって、落ち着かない様子で、しきりに眼鏡を拭いている。
 今日は、今までの分を取り戻そう。幸鷹さんに、いっぱい甘えてもらうんだ!
 うきうきと食事処を吟味する花梨の頭からは、いつしか、この日までの寂しさも、拗ねたような気持ちも、すっかりと消えていた。

 

 

ここまで書いて気づいたのは、チョコレートを渡す段まで行っていないキャラがこれで二人目だと言うこと。これは果たして、バレンタインSSと呼べるのか……

ちょっと花梨ちゃんを突っ走らせすぎちゃったかもしれない、と反省中。

ふざけた小ネタを仕込んだことも、反省中。

 

 

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 校門で男の子が待ってるよと言われて、散々冷やかされながら教室を出た。弾むように階段を駆け下り、飛び跳ねるように靴を履き、爪先をとんとん地面に打ちつけながら、息を切らして玄関を飛び出す。
「彰紋くん!」
 紅と薄桃の色目が華やかな花束を、両手いっぱいに抱えた少年が、花に負けないような眩しい笑顔で、花梨の方を振り返った。
「花梨さん! よかった、ちゃんとお会いできましたね」
 通りすがりと思しき主婦に、僕はこれでと会釈して、花梨と並んで歩き出す。花梨を待っている間、話し相手を務めていたようだ。こちらの世界に来てからわかったことだが、彰紋は、道行く人との会話がめっぽう好きな性質である。僕と自然に話してくださる方がこんなにいることが新鮮なんですと、来たばかりの頃、言っていた。
「ごめんね、待たせちゃったよね」
「いえ、あなたを待つのはいつも望外の喜びですから」
 気にしないでくださいと、にこにこしている。花梨も、釣られてにこにこしながら、寒風の吹き荒ぶ土手道を歩く。まるで、自分の上にだけ春の日差しが降り注いでいるかのように、ぽかぽかと幸せだ。
 ただ、彰紋の抱えている、場違いな花束だけが気になる。
 花梨の視線に気づいて、彰紋は「ちょっとあちらで休みましょうか」と、川べりにぽつんと忘れられている、プラスチックのベンチを指さした。
 ハンカチの上に腰を下ろすと、目の前に、甘い香りの花々がふわっと差し出された。春を思わせる色彩の可愛らしい、とりどりの花をあしらったブーケ。一目見たときから、綺麗だと思っていた。でも、何で?
 戸惑う花梨に、相変わらずにこやかに彰紋は言った。
「今日は、ばれんたいんでーなのでしょう。大切なあなたに、これを受け取ってほしいんです。僕の気持ちですから」
 と言っても、今回は店主のご厚意で用立ててもらってしまいましたと、はにかみながら打ち明ける。出世払いでというお話なので、頑張らなくてはいけません。
 花梨は慌てた。今日は自分がプレゼントをし、相手を驚かせ、喜んでもらう日のはずだった。それなのに、どうして自分が花束を受け取り、狼狽し、真っ赤になっているんだろう?
 慌てた拍子に、ずっと握りしめていたチョコレートの包みが、土手の泥道に転がり落ちた。彰紋は、礼儀正しくそれを拾い上げ、ちょっと見つめてから、「僕に?」と尋ねた。
 花梨は頷いた。桜の花が散った、明るい黄色の包装紙に、泥がはねている。
「あ、あのね、彰紋くん――」
 汚れちゃったから、また作り直してくるよ。そう言おうとした瞬間、包みをしっかりと握りしめた彰紋の瞳から、ころりと涙が落ちた。
「嬉しいです。ありがとう」
 花梨は何も言えず、想いの詰まった花束越しに、頬を染めて涙をこぼす彰紋の顔を見つめている。彰紋が、春色の包みをひしと胸に押し抱く。
 少しばかり気の早い春の風が、ふんわりと二人を撫でて、川の向こうへとそよいでいった。

 

 

いつも、天然タラシ彰紋ばかり書いてしまいそうになるので、今回は意識的に、かわいい彰紋を書こうと頑張りました笑

 

 

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【遙か2】バレンタインSS~イサト編~

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「こっちの世界の人間って、やっぱり裕福なんだな」
 チョコレートを咀嚼しながら、イサトが言った。
「こんな高そうなモン贈り合うんだろ? それが普通なんて、わかんねぇよな」
 花梨の中で、色とりどりに膨らんでいた想像がぱちんと弾けて消えた。しょんぼりと肩を落とし、期待を込めてイサトの顔を見つめていた視線も一緒に落ちる。イサトくんが特別な人だから、好きな人だから贈ったんだよ。事前に用意してあった言葉が、喉につっかえて出てこない。
 涙ぐみかけた花梨を見て、イサトは慌てて言い募った。
「何だよ、何で泣くんだよ。事実だろ、こっちじゃ食いもんに困ることなんてないんだから」
 その一言で、本当に花梨は泣いてしまった。うきうきと準備して、相手の気持ちに思い至らなかった自分が情けない。
 通りすがりの小学生が、イサトに向かって、「兄ちゃん女泣かせてるーっ」と野次を飛ばす。うるせぇと怒鳴りつけておいて、イサトは花梨の隣に腰かけた。
「泣くなよ、頼むから。オレ、また何か言っちまったんだろ」
「ううん」
「じゃ、何で泣くんだよ。教えてくんねぇとわかんねぇよ」
「ごめんね、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃねぇじゃん!」
 イサトが怒鳴って立ち上がった拍子に、膝に載っていたチョコレートの包装紙がひらひらと風に舞った。イサトの好きな薄紅色の、ほんのり春めいたリボンと共に。
 しんと、その場が静まり返った。畜生とイサトが叫び、北風を追って駆け出した。
 花梨は、後に取り残された。
 追いかけようかと考えたけれど、どこへ行ってしまったかわからない。イサトの足の速さは韋駄天並みだ。手を引いてもらわなければ、一緒になんて走れない。
 待っていよう、と花梨は思った。イサトくんは絶対、ここへ戻ってくる。息を切らして走ってくる。花梨を泣かせてしまったことを、その場を去ってしまったことを心底後悔して、自己嫌悪に苛まれながら。それまで無事で、ここにいなくちゃ。
 ちゃんと迎えることができたら、そのときは言おう。チョコレートの意味と、ごめんなさいを。それから、イサトくんが大好きだってことを――
 あたりがすっかり薄暗くなって、空気が底冷えしてきた頃、道の向こうから、荒い息遣いが聞こえてきた。街灯に照らされて、ひょろっとした少年の影がこちらに向かって駆けてくる。ぶんぶんと勢いよく振り回している手に、今までは持っていなかった、小さな包みが握られている。
 花梨は立ち上がって、手を振り返した。固まっていた顔から、笑みがこぼれる。ついでに、忘れ物のように、安堵の涙が一粒、ぽろりと転がり落ちた。

 

 

ちょっとシリアス寄りになってしまった;

花梨を泣かせてしまうイサトと言うのは、密かに好きなシチュエーションだったりします。気持ちに行動が追いつけなくて空回りする、一生懸命なイサトが好きです。

 

 

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【遙か2】バレンタインSS~勝真編~

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 ぽんとチョコレートを口に放り込み、開口一番、勝真は言った。
「苦いな」
 あれっと花梨は思った。溶かしたのは、ごく普通のミルクチョコレートのはずである。何かの分量を間違えたのだろうか。
 作っている間はずっと、今この瞬間を想像するのに忙しくて、肝心な手元がお留守になることが多々あった。やらかしがあっても不思議はない。
「けど、甘い。変な食べ物だな」
 花梨は、やってしまったかもしれない失敗の数々を脇に避け、憤慨した。
「そんな言い方はないんじゃないですか?」
「この世界の食べ物は、変なのばっかりだな」
 言いながら、勝真は、もぐもぐと口を動かすのに忙しい。これで意外と、新しい世界の生活を満喫しているのである。京の外を見てみたいと言っていた言葉に、誇張はなかったようだ。初めての食べ物に夢中になっている勝真に、花梨はちょっと物申したくなった。
「あの、こっちの世界でのバレンタインは特別なんですよ」
「ああ、知ってる」
「本当ですか?」
「お菓子会社の経営戦略なんだろ」
 花梨は、思わず怒るのを忘れた。
「そんなこと、どこで聞いたんですか?」
「バイト先の親父が教えてくれた」
 ご馳走様、とあっさり言って、包みを粗雑に懐にしまう。ぺろりと舐めたくちびるには、チョコレートの欠片も残っていない。意外と器用に食べるんですねぇと言いかけて、花梨は重要なことを思い出した。
 私は、今、怒っているんだ!
 今更な気もしたが、こんなにも楽しみにしていたバレンタインを、ざっくりと一蹴された傷は深い。はずである。――あんまり怒りは湧かないけれど、それはそれとして。
 花梨は、勝真に背中を向けた。見えていないのを承知で、膨れっ面もしてみた。今更だなぁと勝真が笑って、そして――花梨の背中に、どんっと衝撃が走った。
「ありがとう。お前の気持ち、嬉しかった」
 今日は、もう少し一緒に過ごすか。特別な日だもんな。
 かっかと燃える耳に、囁きだけが聞こえた。回された腕に指をかけて、こくりと小さく頷くと、お前ってほんとに素直だよなと、勝真があっけらかんとまた笑った。

 

 

花梨SSシリーズのときも言いましたが、勝真さんを書くのは恥ずかしい!!

 

 

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【遙か2】バレンタインSS~頼忠編~

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 花梨にとっては勝負の日、その放課後。
 校門の裏側で、気配を消して佇んでいる人影を目ざとく見つけ、花梨は走り寄った。
「頼忠さん、いつもここで待ってると、そのうちみんなに怪しまれちゃいますよ」
 人影は、ふわっと柔らかな笑顔を浮かべて花梨を迎えた。
「先日、この付近で賊が出たと聞き及びましたので、こうしてお迎えにあがりました」
 花梨殿には指一本触れさせません、と頼もしく言い添える風変わりな恋人に、花梨は困ったなぁと頬を掻く。こうして大切にされて、こそばゆい気持ちになるけれど、
「不審者を見つけても、こてんぱんにしちゃだめですよ。捕まっちゃいますから」
「心得ております」
 本当かなぁ。花梨は、隣を歩きながら首を傾げる。なかなかこの世界に馴染めないこの彼氏は、既に、花梨の友達の間ですっかり有名人なのだ。
 ともかく、今日は大切な日である。花梨は、一旦問題を脇に避け、軽く息を吸い込んでから、思いきって言った。
「今から、ちょっとどこかに寄りたいんですけど」
 返事は、簡単明瞭。
「構いませんが、金がありません」
 一度だけ、二人で遠出をしたときに、すべてを花梨のお小遣いから支払わせたことを、頼忠はまだ気にしている。この分だと、頼忠の生活が安定するまで、しばらくは気にしつづけそうである。花梨は、こっそりとお洒落な店でのバレンタインデートを諦めた。
 とは言え、家の前まで到着してから、チョコレートを渡しているところを、両親に見られるのは何としても避けたい。花梨は、一生懸命言った。
「だったら、近くの公園に寄りませんか」
 対する答えも、やはり簡単明瞭だった。
「承知いたしました。参りましょう」
 花梨は、ほっと一息吐いた。これで、半分以上はクリアしたようなものだ。
 安心しきった花梨にとって、道中の頼忠の言葉は完全に不意打ちだった。
「私とて、いつでも、あなたと二人きりで過ごしたいと思っております。少しでも長く」
 花梨は、ふわぁっと舞い上がった。足取りが危うくなって、咄嗟に手を伸ばした頼忠に支えられる。
 私もです、と消え入りそうな声で答える花梨を見て、頼忠はそっと微笑した。年下の恋人を持つ男が、愛しくて仕方ない彼女に向ける、優しい笑みだった。

 

 

「頼忠さんが、校門で花梨を待っている。イメージはSP」と言う、超ざっくりしたプロットで書き上げた初ラブコメ

楽しんでいただけたら幸いです。

 

 

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